そねはやおき

 わたしとサンジくんの付き合いは、他のみんなのそれよりも少しだけ長い。わたしが船長に許されて船に乗ったのが、サンジくんにごはんを恵まれる関係が一年ほど続いた後だったからだ。けれど、当時のわたしはみんなよりもサンジくんのことを知らなかったかもしれない。
 まだメリーに乗っていたとき、徹夜をした日の朝には少しだけサンジくんだけの行動時間と重なるときがあった。当時のわたしは夜型だったので、頻度としてはそう少ないことではない。そして、描きたくて描いているのに制作がうまくいかず、もやもやすることの多かった時期でもある。料理するって大変なんだなあとぼんやり知ったのは初めてそれに遭遇したときで、まだ日も昇りきらない時間からタスクを消化していくサンジくんが気になって、こっそりと様子を窺ってみた。勿論それはすぐにばれてしまって、思わず漏らした溜息と一緒にキッチンに迎え入れられるのだけど。
「サンジくん朝はやいんだね」
「仕込みがあるからな」
 話しかければ律儀に返事をしてくれるけど作業の邪魔をするのも悪いと思って、サンジくんの手元がよく見える位置に陣取ってからは静かにぼんやりとその様子を眺めていた。すると、不思議なことにささくれ立っていた心がなんだかすごく落ち着いていく。そして同時に、そういえばわたしの家でご飯を作ってくれていたときもこうして後ろからサンジくんを眺めていたなあ、なんてことを思い出す。忘れていた眠気がじわじわとやってきて、でも、船に乗ってからはこんな風に穏やかな時間を過ごせることってあまりない。ここで眠ってしまうのは酷く勿体無いことのように感じて、わたしはぐらぐら眠気と闘い始めた。
「おい、眠いなら寝ろ」
 こっくりこっくり船を漕ぐわたしを見かねてサンジくんが声をかける。ぶるぶる首を振って起きていたい意思を表明すると、しょうがないやつだな、なんて態度でわたし用のマグカップを取り出した。回らない頭でその様子を眺めていると、どうやらわたしが揺れながら意識をふわふわさせていたときに火にかけたらしい小鍋の中身を例のマグカップに移し変えた。最後に何かをぱらぱらと振り掛けて、それからわたしのまえに差し出される。
「いいにおいがする」
「おまえシナモンすきだろ」
「うん。うれしい」
「それ飲んだら歯磨いて寝ろよ」
「……うん」
 あったかいホットミルクにほだされて、少しの葛藤の後におとなしく頷いた。起きたらまたキッチンに遊びに来よう。環境の変化に順応しきれずアトリエに引きこもりがちだったわたしは、そうしてやっと気持ちを切り替えることに成功したのだ。
2017.10.06