とりで子分

 ゾロは強くてかっこいい。頼りになるし、まさに兄貴って感じの雰囲気を持っている。一味の中ではそんなに強くない、というよりも寧ろ弱いわたしのことをゾロがどう思っていたかはわからない。ゾロはあまり語らないし、ただでさえひとに慣れるのに時間のかかるわたしがそんなゾロと気軽に話せるわけもないのだ。仲間だと思っているし、同様にそう思われている。それだけは分かっていて、それで十分だった。だからわたしがうっかり肥え太ってしまったとき、わたしの運動にゾロが付き合ってくれたのはかなり意外だったのだ。
 わたしの自宅には人間を象った木製の人形があって、わたしは制作の息抜きにそれを使って身体を動かしていたのだけれど、船に乗ったときにさよならしていた。立ち寄った島で見つけたらそのとき調達すればいいやと後回しにしていたら結局身体を動かす機会が減ってあの有様だったのだけれど、そうなってもまだ木の人形を売っている店には出会えていなかった。それまでの冒険でも最低限身を守るくらいのことはできていたので深く突っ込まれたことはなかったのだけど、そのとき初めてわたしは自己研鑽の方法を仲間に伝えたように思う。結果、ゾロがその木の人形の代わりを務めてくれる話になったのだ。とは言っても生身の人間と人形とでは勝手が違いすぎるので、早い話が組手もどきである。
「おねがいします」
「ああ」
 構えをとって少し離れたところから合掌をする。相手がそれを受け取ったのを確認してから、わたしは一気に距離を詰めた。そして可能な限り素早く突きを繰り返すのだが、重たくなった身体は脳内と現実の動きにズレを生じさせた。流石にサボリすぎたなと自戒して、記憶の中の教えを辿る。
 暫くの間攻撃を受け流してもらっていると、途中からゾロの表情が変わるのが分かった。わたしの使う技の直截的な部分に、少しばかり驚いたようだ。
「いいもん持ってるじゃねえか」
「父さんが教えてくれたの」
 稽古をつけてもらったのはもう随分遠く、顔も声も正確には思い出せない。便りのないのは元気な証拠であるというしあまり心配はしていなかったが、揃って仕事に旅立った両親は逆にわたしのいなくなった家に帰って何をおもうのだろうか。黙って出てきた家には置手紙を残してきたし、近所のひとにも伝言を頼んだから大丈夫だろうと楽観視しているのだけど、案外まだ一度も帰っていなくて、娘の近況を手配書で知るなんて事態になるのかもしれない。まだ手配されてないし、予定もないけれど。とは言え生きてさえいればいつかは会えるだろうし、今はまず目先のことをなんとかしなくてはいけない。つまり考えるべきはこの運動と、自分自身の減量である。
 なんてことをつらつら頭に巡らせていたら気が抜け過ぎたのか、ゾロが脳天に手刀を一発振りおろしてきた。
「ったあ!!!」
「ほら次だ、次」
 モロに食らって痛みに呻くけれど、彼は甘えを許さない。続きを急かされて再度立ち向かう。
 正直しんどいことも多かったけど体を動かすのは楽しかった。わたしはこれで運動の習慣を取り戻したし、近寄らなかったから気づかなかったけれど、ゾロは案外話しやすいことも知った。サンジくんのごはんを百パーセント楽しめないのは最高につらかったけど、思い返してみればそう悪いことばかりでもなかった。わたしはこれをきっかけにゾロに絡みにいくことに臆さなくなったし、彼から適当にあしらわれるのは存外居心地よく、なんというか、いつのまにか気分は子分なのである。
2017.10.11