エッジオブオーシャンにて

 響く重低音。辺りは炎と瓦礫に飲まれ、一瞬前までの景色を塗り替える。
 彼は、その瞬間をその瞳に映していた。



証言1

 のデスクには、いつ見ても同じ缶が置いてあった。白地に赤のワンポイント。でかでかとその野菜を主張するデザインは、一目で中身の味を想像させた。
「トマトジュース好きなのか? いつも飲んでるよな?」
「すきというか、気が紛れるから飲んでるんですけど……うん、まあ、すきなのかも」
 彼は今や上司となった元同級生の質問に対して、曖昧な返事しか持たなかった。いくらか言葉を探して見つけた答えは、自分に言い聞かせるような音が滲んでいる。パソコンの横に綺麗に整えて置かれている空き缶もまた、同様のデザインであったため、降谷は煮え切らない彼の返答には少し首を傾げることになった。
 潜入捜査の真っ只中である降谷がここに顔を出す機会というのはあまりない。だからこそ、どのタイミングで彼の席に訪れてもそれが置いてあることが印象的なのであった。そして、これを自身の友人の新しい習慣のひとつだと解釈したのである。
「ああ、でもね、実はこれって今に始まったことじゃなくて」
「そうなのか?」
 それを察したが、降谷の認知を訂正する。解く必要のない誤解ではあったが、久し振りに会った友人が折角振ってきた世間話に、もう少しましな言葉を返したかったのだ。
「うん。降谷さん知らなかったかな。僕昔から水筒にはお茶じゃなくてトマトジュース入れて持って行ってたんですよ」
「うそだろ」
「ほんと。体育の後もご飯のときもお供はずっとこれ」
「お前すごいな……」
 の机の上と、自身とを見比べながら、降谷がしみじみと呟いた。いやに真面目なその反応に、が吐息だけで笑みを零す。
「まあ、清涼感はあまりないよね」
「だろうな」
 職場だからと配慮したの言葉遣いは、気づけばすっかり旧知の仲と話すものになっていた。周囲にいる人間はまばらで、今は事情を知る者しかここにはいない。細めた視界の中へ、壁にかかった時計が入ってきて、彼は三つの顔に忙殺されている上司の次の予定を思い出した。
「ところできみ、時間は大丈夫?」
「いや、そろそろ出るつもりだ」
「ふむ。じゃあこれは歩きながら説明しますね」
 ポケットから手帳を取り出して、が踵を返す。前を行くその影を追いかけて、降谷はまた暫く本業から遠ざかるのだ。



証言2

 久しぶりの感覚だった。足元がぐらりと揺れて、視界が一瞬ぶれる。浅い呼吸を繰り返して、彼はその場に屈みこむ。深く息を吸って、吐いて、目の奥がザワザワと落ち着かない感覚が、通り過ぎるのを待っていた。
 ふと、記憶の中の同期達の声が蘇る。もう何年も前になるのに、今もまだ耳に残っている気がした。


お前内臓食え、内臓」
「いやそんな内臓ばっかいらないって。僕とりあえず野菜食べたい。カボチャ欲しい」
「お前そんなんだから貧血起こすんだよ」
「肉食え肉」
 騒ついた店内で男が六人、テーブルを囲んでいる。中央には炭と網が用意されていて、肉が焼けてじゅうじゅうと、美味しそうな音を響かせていた。
「もう随分ご無沙汰してるでしょ。僕最近血の気多いよ」
「どうだか」
「お前朝すごいボンヤリしてるだろ」
「きみたちねえ……」
 畳み掛けるように疑いをかけてくる友人たちに、は何とも言えない反応を返すしかなかった。焼けた肉はを除く五人で早い者勝ちのようになっているのだが、彼の分だけは皿の上の肉が消えたと見ると、誰かしらがホイホイ放り込んでいく。今は彼の小さな取り皿に、先ほどまで網の上でいい匂いを放っていたミノやテッチャンが積み上げられていた。
 が減らない肉を前に途方に暮れていると、隣に座る萩原が徐にメニューを捲りはじめた。よしとひとつ気合いを入れて、箸でつつくばかりであった内臓の山を、漸く口に運ぶ。気晴らしに友人の手元を覗きこめば、ぺらりぺらりと浮き上がっては反対方向へ消えていくページの一角が、ストンと視界に入ってきた。
「あ、僕にんにくのホイル焼き食べたい」
「にんにく? 珍しいじゃん」
「お前苦手じゃなかったか?」
 差し向かいの松田が不思議そうな声をあげる。彼はどうしても難しいと困り顔を浮かべるに代わって、主張の激しいにんにくたちを処理してくれることが多かったのだ。
「うん。実はずっと食わず嫌いだったんだけど、この前家族と食べてみたら美味しかったんだよね」
「お前もっと早く挑戦しとけよ」
「ごめんって。身内にアレルギー持ちいたから食べるの怖くて」
 軽い調子で謝罪を投げるに、松田はそれ以上なにも言わなかった。話している間に店員を呼んでいた萩原が、つらつらと追加の注文を述べていく。メニューを捲る合間合間に横から前から増えていき、それなりに嵩んだそれが再度繰り返される。全員で頷き厨房に消えていく姿を見送って、は再び皿の上の内蔵に立ち向かうのだ。

 機嫌よくアルミホイルからニンニクを口に運んでいたが、不自然に動きを止める。不審に思った松田が会話をやめて、彼の顔色を窺った。頬にはじっとり汗が張り付いている。
「どうした
「たべすぎた。ちょっと気持ち悪い」
「おま、絶対吐くなよ!」
「うん……飲みこむ……」
「それ一回出てるじゃねえか」
 うん、とか細い声で返事をするのが精一杯であったは、背もたれにべったりと体を預けて、あとはひたすら水を入れて体内の循環を目論んでいるようであった。友人の話し声や店内の喧騒に耳を傾けながら、気づけば彼は、ピッチャーに半分残っていたそれを一人で飲み干していた。
 万全であるとは言えないが、概ね回復を見せたところで、席の時間がやってきたようだった。
「おい、大丈夫か?」
「うん、だいじょぶ……だいぶまし……」
「あんま無理するなよ、ナギ」
「ありがと」
 降谷と諸伏がの青い顔を覗きこむ。彼の両脇を固める幼馴染みコンビは高校時代を知っているだけに、どうにもの弱さが気にかかるようだった。二人の広い手が、俯いた彼の背中を擦りながら駅までの道を辿る。
 思い出は常に古びていくばかりだというのに、記憶のなかの彼らはいつだってあたらしい。


「おい、大丈夫か?」
「あ……降谷……」
「また貧血か?」
「んー、ちょっと立ち眩み。もう平気だよ」
 立ち上がろうとしてよろめいたを、芯の通った力強さで降谷が支える。
「相変わらず体温ないな」
 そっと添えられた手が唯一、懐かしい顔ぶれのなかで、温度をもっていた。



証言3

「こんにちは。お邪魔してもいいかな?」
「……どうぞ」

 安室透としてのアルバイトから帰宅して、彼は自分の家の玄関に人影があることに気がついた。今日の予定を頭のなかで反芻しても、客人が来るという項目は見つからず、また、このように目立つ形で自身の帰宅を待つような知り合いにも思い当たる節はない。
 そっと佇むそれに警戒心を高めながらゆっくり近づくと、彼はある程度の距離でそれがよく知った顔であったことに気がついた。その瞬間、降谷の体から一気に力が抜ける。緊張が解れたことで人の気配を察したのか、部屋の主の帰宅に気づいた招かれざる客が、普段の調子で朗らかに声をかけた。チャームポイントである犬歯がそっと顔を覗かせる。
「鍵、開けれたでしょう。外で待つくらいなら入って待ってれば良かったのに」
「ううん、家主の許可がなくては入れないよ」
 ふるふると首を横に振る彼は、学生の時分よりひどく律儀なやつであった。そう、降谷は想起する。
「もっと他の所を気にしてほしいところですね」
「ごめんって」
 とは言え、降谷零の知り合いが不用意に安室透の前に現れるのは良くない。当然何の考えもなくやってきたわけではないのだろうが、降谷が苦言を呈するのは当然の流れであった。
 軽い調子で謝罪をしながら、彼は許されたその境界線を漸く踏み越えた。

 部屋に通されてまず、彼はぐるりと辺りを見渡した。真っ直ぐに台所へ向かった降谷を見送れば、食器棚のガラスに映った自分と視線が交わる。
 ふと、足元に小さなもふもふが近づいてきた。そっと屈んで視線を合わせると、円らな瞳でを見つめ返す。
「ああ、きみが噂のハロだね」
「アン!」
「僕は。きみのことは御主人様からよく聞いているよ」
 楽しそうにハロと話す彼の声に耳を傾けながら、降谷は安室透の客人に出すためにお茶の準備をしていた。
「突然お邪魔してごめんね。それにしてもきみほんとに元気なんだな。泥がついてる」
「アン」
「ベランダ? ……ほんとだ、なんかプランターある。安易に掘り返しちゃったんだね。あんまり褒められたことじゃないなあ」
「アン……」
「うんうん。でも確かにクセが強いものってイーッてなるよね」
「アンアン!」
「というか自分ちで育ててるってすごいな。安室くんセロリそんなに好きなんだ……」
「あなたのトマトジュースには負けますよ」
 準備はそう煩雑なものではない。あっという間に終わらせて、一続きになった居間のテーブルへお茶を運ぶ。は振り返り、一瞬しまったというような表情を浮かべた。
「あ、ごめんね」
「いえ。……ところであなた、動物すきなんですか?」
「うーん、どうだろう。相手によるかな。ハロはすきだよ」
「ホー。なんだか会話してるみたいでしたよね」
「うん、それよく言われるな。ほんとにハロの喋ってることわかるんだよって言ったらどうする?」
 湯飲みに緑茶が注がれるのをぼんやりと眺めながらがぽろりと降谷に尋ねる。まさかからそんな返しがくるとは思っていなかったため、彼は一瞬言葉に困窮した。
「えっと、驚きます」
「はは、なんだそれ!」
 あまりに拙い返事はのツボにはまってしまったようだった。ふすふすと堪えきれない笑いを零しながら、彼は自身の仕事を遂行する。荷物のなかから紙の束を掴み取り、降谷の前に差し出した。
「きみに頼まれてたクライアントの資料だよ」
 あまりに堂々と手渡されたそれは、彼の言う通りのものではない。降谷零に必要なそれが、安室透を通して届けられたのである。表紙にちらと目を通せばそれがよく分かった。が今回のような形で家を訪ねるほど急務であったこともまた、同様である。
「すいません。骨が折れたでしょう」
「ちょっと大変だったけど大丈夫。また依頼くれたらうれしいな」
 そう言って、が帰り支度を始める。驚いた家主がもう帰るのかと尋ねれば、仕事が残っているからと端的な返事が返ってくる。
「じゃあ、またね。ハロもばいばい」
「アン!」
 テーブルに残された湯飲みからは、まだ湯気が立ち上っていた。



発端

 においではっきりと事態の悪さを感じた。どこかにいる上司に連絡を取ると、彼は自身の推理をもっての懸念事項が起こりうる可能性に気づいていたようであった。電話口で取り敢えず、原因となる飲食店の厨房に向かうことを伝えて、建物のなかを駆けていく。ある程度近づいたところで、彼はただ、間に合わなかったな、と思った。
 次の瞬間にはもう何も認識できなくなっていた。



証言4

 降谷はその日の映像を繰り返し再生する。
 建物内の監視カメラを確認して、そして爆発現場となった厨房から最も近い場所に友人がいた事実を噛み砕く。ごく近くにあったそれは、炎に飲まれる直前の彼の表情をはっきりと残していた。直前に何かに気づいた様子でカメラの方を振り返る。映像は荒く、彼が爆風に食われるその瞬間、人影は不自然に揺らめいた。そして終わる。

 昔から文字通り鼻の利く男であった。些細な怪我でもすぐに気づいて、その事実を指摘することも多かった。彼や彼の幼馴染みが、本人すら自覚していなかったようなそれに絆創膏を渡されたのは、一度や二度ではない。
「お前も爆死か」
 恨み言のようにぽろりと呟いて、口唇を噛む。
 しかし彼には、かつて未来を語り合った存在が、とうとう最後のひとりすら欠けることになったのを、ただ惜しむ時間も与えられなかった。



解答

 事件から一週間経つ前に、降谷は一度登庁した。そのときに目にしたの机周辺は、綺麗に整理こそされていたものの、彼の私物がそのままになっているのが見てとれた。二度と帰らないその持ち主が、まるで単に休暇を取っているだけのような様相で、なんとも言えず物悲しい気持ちを覚える。直後は始末に追われてばたばたしていた降谷であったが、本来彼が最優先すべき任務とは件の組織に対する潜入捜査であり、警察官としての自分には早々近づくものではない。最低限の用事だけを片付けると、余計なことは気にかけず、ただ足早に退去した。
 そうこうしている内さらに一月経ち、二月経ち。降谷零として持っていた痛みの在り処すら、曖昧になって久しい。
 そうなったある日、前触れもなくそれは訪れた。

 深い闇のなかを、自分の影を追って歩く。日が落ちても蒸し暑く、拭っても拭っても頬を伝う汗は止まらない。
 仕事自体は簡単なものであった。安室透の裏の顔で恙無く用事を済ませ、人目を避けて帰路を急いでいた。悪事に加担したあとは、いつもひどく心が波立つ。重たい淀みが腹のなかをかき混ぜて落ち着かない。
 感覚が研ぎ澄まされていた。
 路地の前に差し掛かったところで、ひりついた感覚が肌を走る。
「誰ですか」
 彼は、反射的に、路地の奥を睨めつけた。ぴりぴりと落ち着かない空気がその場を支配するが、そこに殺気めいたものは感じない。
 彼の方からはそこに佇む誰かを知覚することができなかった。月明かりすら差し込まないそこは、切り取られたように真っ黒だ。ほんの少しの間があいて、衣擦れの音がいやに響く。ゆっくりとした足取りで、影は彼に近づいてくる。
「きょう会うつもりはなかったんだけど……」
 困ったような色を滲ませて呟くその声に、聞き覚えがあることに気がついた。相手の警戒心をまるで気にもせず距離を詰めるその輪郭が、しだいにぼんやりと浮かび上がってくる。同じくらいの高さにある瞳が怪しく光っていた。
 その顔に見覚えがあることに、降谷は気づいてしまったのだ。
「お前は誰だ」
「きみが想像した通りの相手だよ。久しぶり」
 口をついて出てきた詰問の言葉は、上手く人格を被ることができなかった。亡くした記憶はまだ新しく、忘れつつあった傷がじくじくと痛んで、そして真っ先に怒りへと変わる。
「嘘をつくならもっとちゃんと調べた方がいい」
 まるで昨日の続きのような顔をして目の前に立つ何かが、彼にとり、不愉快でならなかった。纏う雰囲気、穏やかな声。まろく目を細める表情も、人差し指の第二関節を食むようにものを考える仕草も、すべての要素が記憶のなかのに一致する。ただ一つ瞳の色だけが、覚えている友人とは異なっていた。
「よくもその姿で僕の前に現れましたね。一体何のつもりだ」
「落ち着いて降谷。僕は本物だよ」
はあの日死んだ。死者は生き返らない」
 取りつく島もないとはまさにこのことだ。肩を震わせる彼を視界に映し、は悠長に思考する。けれど、彼のこれまでを鑑みれば、当然の反応であると言えた。
「ええ……じゃあ顔引っ張ってみなよ、自前だから。必要なら学生のときの話もできるよ。直射日光長いこと浴びると、すぐ貧血になって倒れてたよね」
「……」
「まだだめ? どうしようかな。きみは多分あの日の監視カメラの映像を見たんだよね。だから僕の生存を信じることができないんだ。わかるよ。確かにあのとき、僕は爆発に巻き込まれたんだから」
「だったら」
「正直やらかしたなって思った。うっかりいつもの癖で監視カメラに映ってしまったから」
 不思議な言い回しだった。避けて通るのに慣れているという話だろうか。降谷はそこで初めて、目の前にいる友人のような存在の語る内容を聞く価値があるのではないかと考えた。
「……どういうことだ?」
「映像が終わるよりも先に、僕の姿消えてなかった?」
 目の前の人物の意図がいまいち伝わってこない。そう言われて、降谷はかつて繰り返し再生した映像を思い出した。広がる炎、揺らめく影。はっとした様子でカメラの方を凝視する、その瞬間、降谷は確かに違和感を覚えたのだ。
「少し、場所を変えようか」
 降谷の思考を一緒になぞったようなタイミングで、相手はそっと微笑んだ。のっぺりとした闇をすり抜けて、それは町の中に溶け込んでいく。

「僕ね、気をつけてないと鏡や写真の中に存在することができないんだ」
 そう言って、降谷に自身のスマホを構えるように促した。先ほどとは打って変わり、眠らない街にはそこかしこに光が溢れている。言われた通りにカメラを起動して、レンズの先にの姿を捉える。けれど、画面の中には影も形も存在しなかった。
「これは、一体」
「現代は気をつけるべき場所が多いね。ショーウィンドウの硝子、テレビの液晶、監視カメラ、鏡や水たまり。どこで何が自分を見ているか、全てを把握するのは難しい」
 そこで彼は一度言葉を区切る。試しにシャッターを切ってみても、保存された画像には街の様子しか映っていない。
「それで結局、お前は何が言いたいんだ」
 降谷は友人の姿をした相手が結論を伝えるのを待たなかった。口ごもるが再び声を見つけるよりも、自分から探しに行った方がずっと早いことを十分に理解していたからだ。
「あの日死んだと、いまきみの目の前にいるは同一人物であるということさ。あとで理事官に確認してみるといい。あのね降谷、僕は人間ではないんだよ」
「お前が?」
「そう」
 なんの含みもなく肯定されて、降谷はどう反応すべきか迷った。一笑に伏すには説得力があった。荒唐無稽な話を納得させるだけの心当たりが、とのこれまでに存在していたからだ。実は寸前で秘密の地下通路を発見して、などと下手に取り繕われるよりもよっぽど、本人である証明になりうる気がした。
「お前がだとして、何故二月も姿を消していた?」
「外見が取り繕えるようになるのは早かったんだけど、とにかく血が足りなかったから」
「血?」
「そう。十分に回復するまでは人が沢山いる場所になんて出てこれなかった。吸血鬼って言えばわかるかな。僕、それなんだ」
 そう言って彼は自分の頬を掴み、人より発達した犬歯をそっと見せる。なんの証拠にもならないその行動に安堵する自分がいることを、降谷は十分に自覚していた。これ以上目の前にいるを疑いたくないと、既に思ってしまっていた。
「じゃあナギは、俺よりずっと年上だったりするのか?」
「気にするのそこ?」
「何だよ。別にいいだろ」
「悪いとは言ってないよ。僕はわりと最近生まれたというか、一族の中でも末っ子で。きみとそんなに変わらないかな」
「どのくらいだ?」
「今で六十年くらいかな。僕が唯一、戦後生まれなんだよね」
「はあ、戦後生まれ」
 のなかで三十年という月日はどうやら誤差であるらしかった。そんなに変わらないという言葉から想像したものとは違った答えが返ってきて、降谷は少々面食らう。
「僕らみたいな存在って案外社会に紛れて生きてるよ」
 降谷の追求が一段落ついたことを感じ取ったは徐に、彼らの存在について言及し始めた。とは言え深い話をするつもりはない。これはの、友人をただひとり残して死んでしまったことに対する償いだった。
「そうなのか?」
「うん。でも姿を変えるのには限度があるから、もう暫くしたら移動しなくちゃ」
「折角戻ってきたのに?」
「そうだよ。今回のは予定になかったからやり直させてもらったけど、本当はあまり良いことではないんだ」
「何でこのタイミングで移動しなかったんだ?」
「ふふ、何でだろうね。ひみつだよ」
 悪戯っぽく微笑んで、は降谷の疑問をはぐらかす。姿を変え、場所を変え、彼らはこれからも長い時間を生きていく。
 けれど、年若いに初めてできた友人は、きっとこの先も特別であり続けるのだ。


2019.01.20
ハロウィンにちなんで思いついた話でした(大遅刻)(本編にハロウィンは関係ない)